2021年11月13日土曜日

二人のポール



朝から清里の「清泉寮」に来てます
1951年アメリカから、山間の高冷地でも耐える「ジャージー牛」が初めてやって来ました



「ジャージーハット」のソフトクリームは少し黄色っぽいです



「清里開拓の父」ポール・ラッシュ博士の銅像

1825年、東京・横浜YMCA再建のため来日
宣教師であり立教大学の教授は、関東大震災で被災した「聖路加病院」の再建に携わります
1938年に青少年のためのキャンプ地「清泉寮」を建設しますが、日米開戦のため1942年に強制送還

戦後GHQ将校として再来日、日本の復興のためには「山間部の開拓と農村の復興」が急務と考え
1946〜1957年に、「清里農村センター」(KEEP)建設、「聖アンドレ教会」「高冷地実験農場」
「清里聖ルカ診療所」「聖ヨハネ保育園」などを、1963年には「清里農業学校」を開設します
1979年、聖路加病院で82歳で逝去するまで一生を日本の再建活動に捧げました

八ヶ岳の地域開発は、戦後の農村の復興モデルとなりました




「ポール・ラッシュ記念館」入り口
清泉寮内のレシート表示で、入館料500円が半額になります!(ソフトクリームのレシートでOK)



1952年に持ち込まれた、第1号トラクター「ジョンディア-B」
修理復元された姿は、清里の開拓と大規模農業の象徴とされています



記念館は「資料館」と、晩年の住まい「ポール・ラッシュ邸」とで構成されています
ここは多くの人々を招き、事業を語り合った「居間」



八角形の居間には大きな「暖炉」があり、木枠の窓は二重になっています


「書斎」机の上にはタイプライターが



通路に飾られた写真、タバコと酒は大好きです



「寝室」博士は家庭も貯蓄も持たずに
持ち物は、聖書と万年筆、何着かのスーツ、パジャマと歯ブラシで生涯を過ごしました



入館料には「一杯のコーヒー」も含まれています
中庭で飲みながら、昔の清里に想いをめぐらせます


清泉寮

ポール・ラッシュ邸にて1/舩木上次(YouTube)
ポール・ラッシュ邸にて2/舩木上次(YouTube)
ポール・ラッシュ祭



つづいて、清泉寮「八ヶ岳ふれあいセンター」
ここに、もう一人のポールがやって来ます



ポール・スミザー氏の講演会です

ポール・スミザー
1970年 イギリス バークシャー生まれのガーデンデザイナー
日本の植物と自然をこよなく愛し、日本で活動するポール・スミザーは
自然と人がふれあうガーデンスタイルを提唱して、自然志向の新しい流れをつくりました
無農薬に徹し季節の移り変わりを感じる多年草の庭づくりは、多くのファンを惹きつけてます

2012年より清里「萌木の村」の庭づくりを始め、八ヶ岳の自然と共生する庭が注目されています
2018年より八ヶ岳南麓に在住



今日の講演テーマは「人と自然にとって未来のある庭づくりをはじめよう」です



イラストも得意なポール・スミザーは、様々なスライドを用意して解説してくれました



SDGs 15「陸の豊かさも守ろう」も視野に入れた
森林の保護、土の流失、土壌の中の話などが中心の講演でした



駐車場で、緑の軽トラを発見!「このイラストのタッチは彼の軽トラだな」たぶん?



ポールお勧めの「ダンボールマルチ」
今日からこの近辺の、ダンボールとバーク堆肥が品薄になってるかもしれません?


GARDEN ROOMS
GadenRooms PS(YouTube)









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